くぼの詰将棋

タイトルは怒られたら変えますw

コンピュータの功罪

アドバイスを受けて前回の「位置エネルギー」のエントリーに0.原理解説を追加しました。
手順解説だけではわかりにくかったという方は是非ご一読下さい。


さて、電王戦第三回がもうすぐはじまりますね。
ほんの少し前まではコンピュータが平手でプロ棋士に勝つなんて思いもしなかったんですが、今や棋士側が挑戦者といった感じで驚いています。
近いうちに羽生先生や森内先生、渡辺先生がやってもコンピュータに勝てなくなるかもしれませんね。

とはいえそれが私にとってショッキングだったかと言うと、それほどでもありませんでした。
何せ詰将棋を解く能力では随分と前から圧倒的な力を見せ続けられていますからね。
今やほとんどの人がコンピュータの力を多かれ少なかれ借りて創作をしているのではないでしょうか。

しかし一方で、コンピュータを創作に使うのはよろしくないという意見があります。
コンピュータと大の仲良しの私としても、余詰検討および余詰消しにはコンピュータをフル活用しますが、作意や変化手順の設定はコンピュータに関わってほしくないと思っていて、完全にはコンピュータを肯定できていません。
勿論このあたりは個人の感覚的な問題ですので、他人がどうコンピュータを使うかについて口出しをしようと言うつもりはありません。単に私はこう思っていてこうしているというだけの話です。

しかしコンピュータを使うこと自体の是非をとやかく言うつもりはありませんが、コンピュータを使って作られた作品については是非を問いたいことがあります。

一つは極端に難解な逆算、私はアンバランスに感じ、省いたほうがいいのではと思うことの方が多いです。
一つはコンピュータ検索による盤面象形、コンピュータに先を越されたら自力で探しているという人が報われませんし、少なくともそれは何も創っていない、つまり創作ではないと思います。作品としてではなく研究成果として出されるのであれば、まだわかるのですが。

そして一つは変化同手数の見落とし。
勿論たまに見落とす程度であれば理解の範疇です。コンピュータに頼る頼らないに関係なくありうる話ですしね。
しかしそれが多いというのは、(恐らくコンピュータの余詰なし判定にかまけて)自作の変化をろくに確認していないということですよね。
コンピュータを頼るにせよ頼らないにせよ、「自分が作った作品」なのであれば流石に変化手順くらいは確認したらどうかなあと、せめて変化手順をコンピュータに教えてもらうくらいはしてもいいんじゃないかなあと、思うわけです。
「自作」であるという意識が欠如してしまっているように感じます。


繰り返しますが、私はコンピュータを使うことがいいとか悪いとか言うつもりは毛頭ありません。
あるものを使おうが使うまいがそれは自由だと思っています。
しかし詰将棋創作に使うのである以上、それによって作品が悪くなってしまうのでは本末転倒ですし、作品に作者が創った部分がなければそもそも創作ではなくなってしまいますし、何より作品に「自分の作品」であるという意識が持てなければおかしいと思うのです。

異論は認めます。


最後になぜかうちの柿木将棋が解いてくれない没作を載せておきます。
没作だけにつまらないですが、解図でうちのコンピュータを越えるチャンスですよ!w

ちなみに改作の余地はいくらでもあるとは思うのですが、徹底して作ったら別の作品になりそうなのでこの図は出しちゃってもいいかなと思っての出題です。お手柔らかに。

blog001.jpg
[ 2014/03/14 14:00 ] 余話 | TB(0) | CM(14)
解図ソフトの活用方
詰将棋創作で今や解図ソフトを持っていながら使わない作家は皆無ではないでしょうがほとんどいないでしょう。
検討段階迄は使わない作家は少なからずいるでしょう。

どこまで使っているかは作家は明かさない方が良いと思います。
けど僕はここで書いてみようかな。

僕の場合は変化は即入力です。自分では考える前に柿木将棋に聞いています。
その出て来る手順を見て戦力過剰の詰まし方だと気に入らないのでギリギリに詰むよう考えます。
余詰も同様です。即検索です。柿木将棋の指摘手順を見て初めからその手を消さなくてはいけないのか、そのまま残してギリギリしのぐ道はないかとか考えます。
要するに変化や余詰筋は直ぐ見るけど、読みを入れてどこを変えたらといいか考えます。
そしてまたその考えた配置を即入力です。
まだそれでもダメか、新たな破綻が生じている場合がほとんどですが、どこを直せば良いかは頭の中で考えます。
ここで当てずっぽうで手当たり次第入力すると言うのはやりますけど、自分の求める答えに近いものが出たら、そこからは自分の読みを入れた配置を考えます。
僕の場合はソフトを使うと言っても複雑な変化で詰めばよしとは思っていません。と言うよりソフトを使わなくても詰めばよしの変化は大嫌い。
僕はソフトを使うと言っても自分のする事をコンピューターにさせているだけと思っています。
ソフトの活用は僕の場合は時間短縮になっているだけと思っています。
今迄10時間かかっていたのが2~3時間で済んでいますね。ちょっと威力がありすぎ。

検討に関しては僕はちょっと頼り過ぎているから反省が必要です。
[ 2014/03/14 18:52 ] [ 編集 ]
でも、COMが無かった時代は、余詰・不詰・変同・変長は今よりはるかに多かったです。結局、COMが無くても、変同や変長がある人はある訳で、COM自体は関係ない。要はその人の創作態度に過ぎないと思います。
解答する立場からすると、不詰作品が出題されなくなっただけでも、COM検討のかいがあります。以前は大学3問中2問不詰で1問早詰ということも結構ありましたから、、、。(簡単な早詰作品が出題されなくなったのも良いことです。以前は大学院クラスで一桁早詰とかもありました。)
 余談ですが、初形象形を今の時代にCOMの力を全く借りずに創作している人って居るんですかね?恐らくいないと思いますけど。少なくとも私の知っている範囲の作家では居ない。
[ 2014/03/14 18:59 ] [ 編集 ]
>三輪さん

>>どこまで使っているかは作家は明かさない方が良いと思います。
と言いつつ明かしてしまうところがいいですねw

変化も即入力ですか。僕の場合ははじめは大抵紙とペンで作っている関係上、 変化もある程度自分で考えなくてはいけないからかも違うのかもしれません。

>>僕はソフトを使うと言っても自分のする事をコンピューターにさせているだけと思っています。
ここの感覚は完全同意です。で、ソフトにはできない自由思考は自分がする、という感じでしょうか。


>利波さん

特に触れてはいませんが、コンピュータの功については勿論認めていますし、コンピュータの出現はむしろプラスに働いたとは思っています。その点は恐らく同意見でしょう。

初形象形はもしかしたら全員が全員コンピュータの力を借りているかもしれません。
が、僕の主意としては、「ここは自分の創作の産物」と主張できるところがあってほしいということです。
ではどうやって作ればいいのか、という点に関しては僕は初形象形を作らないのでわからないのですが、少なくとも「創作」なのですから、創作の産物がないといけないのではないか、と思った次第です。
[ 2014/03/15 06:56 ] [ 編集 ]
弊害はある
現在詰将棋界にとって解図ソフトはなくてはならないものになっているところまで来ていると思います。
現在のソフトの実力は検討はほとんどの余詰はシテキ・シテキます(指摘して来ます)が、超難解な余詰は人間の方が上です。
そして、裸玉創作は今のソフトでは無理です。これは良い手順だなと思っても大概は変別です。最長に逃げてないし最短に追ってもいない。
自分で詰ました方が良いくらいです。自分の手順がどうかの確認には凄い役に立ちますが。
この現在の解図ソフトの性能では、適当に配置を打ち込みました→解答が出ました→検討結果完全作でした→作品発表。これで創作と言えると思います。
たとえ偶然傑作を発見しようが、それは立派な創作と思います。

僕が思うに久保さんのコンピューター創作の弊害は劣化作品を生む可能性を示唆しての事だと思います。
解図ソフトに任せきりなただ難解な無機質作品が生まれ易いと言う事だと思います。
久保さんはどう思っているかは別にして、僕は優秀な作図能力を持っている人は、活用の仕方によってはソフトを使わない方が良い作品が生まれると思っています。
よく考えて使った方がいいですよと警告したいです。
即入力のお前が言うなですが(笑)。
[ 2014/03/15 22:27 ] [ 編集 ]
>三輪さん

>>適当に配置を打ち込みました→解答が出ました→検討結果完全作でした→作品発表。これで創作と言えると思います。

自分の中ではこれは創作とは言えないと思うのです。勿論コンピュータが創作した、という分には創作でしょうが、人の創作したところがほぼ皆無ですので。
駒を適当に並べるだけで創作と言うのには疑問を感じます。
勿論一つの見解であることは理解していますが。

劣化作品の危惧については確かにそういうことかもしれません。
実際、ソフトを使わない時の作品の方がよかったのにという作家の方も具体的に存在しますしね。
せっかくの文明の利器なのですから、うまく利用したいものです。
[ 2014/03/15 22:58 ] [ 編集 ]
初形曲詰創作
初形曲詰を僕は創った事がないので推測なんですが、ある程度は読みを入れて形を創っていると思いますよ。創り手にとってはそれが一番楽しいとこだと思いますし。
創った事がないので何とも言えませんが。

それから適当に駒を置いたとしてもそれで詰将棋らしい手順になるのはかなり確率が低いと思います。
ましてや完全作でとなると尚更です。
そしてこの創作方は解図と創作を一緒にやる楽しみがあるのでソフトを使う妙味はないかなと思います。
仮にソフトを使って創ったとしても確率の低さを考えたら創作でも構わないと思います。

まあ、僕自身はやらない創作方だし、良い創作方とは全く思っていません。
心情的には手順を創作してこそ詰将棋創作だと思っていますけどね。
[ 2014/03/15 23:28 ] [ 編集 ]
んー。
確率が低いから創作と認めろというのはちょっと暴論かなあと。
某氏が言われるように自分は宝探しは創作とは認めたくないです。

手順を創作してこそ詰将棋創作、まさにその通りだと思います。

P.S.
あ、読みを入れて作っている分には立派な創作だと思います。
それから、仮に宝探しでできた作品でも作品としてはきちんと評価します。それは創作ではないと思ってしまうだけで。
[ 2014/03/15 23:42 ] [ 編集 ]
禁手判断の関係?
そう言えば掲載の図面はうちは柿木将棋7ですが不詰と断定して来ました。

32歩では詰まず32香なら詰む理由は二歩ルール以外にあるのかな?
持駒を使って打ち換えるのは二歩禁ルールでしかあり得ないのは断定出来るかな。

コンピューターは二歩を打つ手の時だけ禁手判断していて、32歩を32香に打ち換える効果は100%無しとして読みから捨てているのでしょうか?

この図面ですが、二歩禁ルールを利用したシンプルさがたまらなく好きです。
僕は構想物初心者なので、ロジック物はシンプルなほど好きです。
[ 2014/03/16 09:41 ] [ 編集 ]
>三輪さん

32歩では詰まず32香なら詰む理由、ちょっと二歩禁以外には思いつかないですね。

おっしゃるとおり、禁手判断の問題かもしれません。
31歩成、同玉の局面ならばすぐに詰ましているのに、初形で31歩成を読んでいる時はなぜか32香を省いて42香成とか考えてますからね…。

自分も構想は出来る限りシンプルに表現したいと思っています。
その点褒めていただけて嬉しいです。ありがとうございます。
しかし、この図はシンプルではありますが、繋ぎの部分が直接的すぎてちょっと好きになれなかったんですよね。
出来る限り持歩は減らしたいところですし、15香も15飛にして35飛と捨てる構成にしたい。
他にもいろいろと変えたいところがあるので、完成させたらパラに投稿します。恐らくまったく別の作品になっていると思うので、既発表という問題にはひっかからないはず。

[ 2014/03/16 13:28 ] [ 編集 ]
チッパーのサード
僕はコンピュータの介入の有無が、プラスにしろマイナスにしろ付加価値になるのは嫌だ。
完成された作品が結局どうなのかを問いたい。
でも、これ全部コンピュータに計算させて作ったと言われたらマイナス評価がどうしても加わる。
難しいよねー。

チチチチッパー!
[ 2014/03/22 17:03 ] [ 編集 ]
>チッパー使いさん

そうですね。
そういう立場も正しいと思います。
でも例えばコンピュータの性能がもっと上がって、ある程度条件を絞れば全検が可能になるとそうも言ってられないような気がしています。
[ 2014/03/22 17:48 ] [ 編集 ]
くぼかぼく
いつブログタイトルの(仮)が取れるのかと思っていました。

僕はぼくの詰将棋を応援します(笑)。
[ 2014/03/25 20:38 ] [ 編集 ]
こっちも応援してくださいw
よろしくお願いしますw
[ 2014/03/27 19:49 ] [ 編集 ]
両方
当然両方応援してますよ~
わざと似させたからには、くぼがぼくを応援して、僕はくぼとぼくを応援すると言う事です。
あー分かり難い~(笑)。
[ 2014/03/27 21:44 ] [ 編集 ]
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