先日、波崎黒生(本名:中野和夫)氏が亡くなられたと聞きました。
面識こそなかったものの、一方的に強くその名前を意識していた私としてはとても残念でなりません。もう氏の作品が見られないかと思うと、またもう氏にお話を伺うことは叶わないのだと思うと、顔も知らない私の中で氏が尊敬する作家として大きな存在であったことを実感します。本当に惜しい人を亡くしたものです。
追悼の意を込めて、波崎氏の作品を一作紹介したいと思います。氏の作品としては看寿賞を受賞した「ボディーガード」と「ルートファインディング」が特に有名だと思いますが、ここでは個人的に強く記憶に残っている一作を紹介します。
本作は私が初めて知った波崎氏の作品であり、入選2回目の拙作と並んで短大で発表され「役者が違う」と思わされた思い出のある作品です。
詰将棋パラダイス 2007年10月号 短大18 同年度下期半期賞受賞

初手は26金が普通の感覚。
自然に進めると、26金、14玉、15歩、13玉、23香成、同玉、32銀生、13玉となってA図。

ここから
x 25桂と打つと、22玉と逃げる。
対して21銀成は23玉、35桂、同角成で駄目。かといって23歩は打歩詰だ。
そこで24飛とするのが打歩詰打開の好手。
同角成なら23歩が打てて、同馬、21銀成、迄で簡単に詰んでいる。
ところが……
24同角生!この妙防があって、23歩は依然として打歩詰。折角の24飛も空振りに終わってしまうのだ。
この局面は既に打開不可能なので、戻って他の手段を考えることになる。

A図に戻って、今度は
y 14飛としてみる。
当然の22玉に21銀成は23玉、35桂、同角成だし、23歩はやっぱり打歩詰。
そこでここでも24飛が打歩詰を打開する好手となる。
先ほどのように同角生と取ろうものなら、23歩、13玉、25桂、迄の3手詰。
上手くいったようにも見えるが、実は事はそう簡単ではない。
24同角成。平凡に同角成と取って逃れている。23歩としても例えば13玉、25桂、同馬でも詰まない。
これも打開不能、失敗である。
ここまで考えて、マニアの方ならピンとくるかもしれない。
本作はもしかして打診がテーマになっているんじゃないだろうか、と。
A図から
x 25桂 は以下22玉、24飛に同角
生で逃れ(成は詰み)
y 14飛 は以下22玉、24飛に同角
成で逃れ(生は詰み)
というのがこれまでの統括であった。
これは裏を返すと、もし予め角の成生を態度決定させておく(打診する)ことができるならば、
P(角の成生を打診する手)に対して
角
成 には
x 25桂 で詰み
角
生 には
y 14飛 で詰み
ということだ。つまり角の成生を態度決定させておく(打診する)ような手
Pが指せさえすれば、(
成には
x、
生には
yを選んで)詰むということである。
そしてどうやらこの打診手
Pを探すことが本作における課題らしい、と推察できればしめたもの。
ここからはその打診手
Pを探し、実現することが目標となる。
Pの第一候補として挙がるのが、A図から57馬とする手。

対して57同角
成なら、
x 25桂、22玉、24飛、同
馬、23歩、同玉、21銀成、迄。
見事打診
*1に成功し、詰ますことができる。
ところが57同角
生とされると、
x 25桂、22玉、24飛には同角
生y 14飛、22玉、24飛には同角
成で逃れてしまう。
57同角
生とすれば依然として成生いずれの選択肢も残せる(態度を保留できる)ため、57馬と捨てても打診(成生の態度を決定させる)の効果は得られないのである。
そういうわけで、57馬では失敗に終わってしまった。
しかしもし仮にこの57馬が46馬だったらどうだろうか。
57地点は攻方陣の内であったため、57同角
生とする手は次に(
x以下の順に対して)24同角生とする選択肢も、(
y以下の順に対して)24同角成とする選択肢も、その両方の選択肢を残していた。
ところが46地点は攻方陣の外であるため、もし46馬に同角
生とすれば次に(
y以下の順に対して)24同角成とする選択肢がない。また、46同角
成だと(
x以下の順に対して)24同角生とする選択肢がなくなって57同角成のときと同じように詰む。
すなわち、もしこれが57馬ではなく46馬ならば、それはまさしく打診の効果を持つのである。
さてどうやら打診手
Pの目星はついた。後はこれを実現するだけなのだが……。
実は、どうやって打診手
P(=46馬)を実現するか、こそ最後にして最大の関門である。
本作の出題時、私は解答者として次のような短評を書いている
「初手とりあえず26金。以下32銀生、13玉ではたと手がとまる。成生打診の構想がここで判明。84馬は73馬の誤植だ等と勝手を言っていると…(後略)」
誤植だと言うのは殆ど冗談だが、それでもそう口に出してしまうほどに
P46馬の実現は不可能に思えた。誤植でないのなら、どうやって馬を近づければよいというのか。
さあ今からその魔術を解き明かそう。

それには一度初形に戻らねばならない。
気付きにくいがここから
48馬!とするのが魔術の第一歩。

同飛成と取れば、26金、14玉、15歩、13玉、23香成、同玉、32銀生、13玉、
14歩、22玉、21銀成、23玉、
15桂、迄。
飛の縦利きが消えたことによって14歩の突き出し、そして最後の15桂が成立するようになるのである。
というわけで、この48馬は取れない。玉方は14玉と下がる。

ここで15歩と打つのでは、13玉、23香成、同玉、32銀生、13玉となってA図と殆ど変わらない。
P46馬を実現するためには、ここでさらに
25金!と捨てる。これは同玉の一手。

ここで26馬としたくなるが、14玉、15歩、13玉、23香成、同玉、32銀生、13玉、
35馬、同角成、
25桂、
同馬、となって逃れ。
35馬では同角成のとき25への利きが生じて
x 25桂が成立しなくなってしまうのである。
実現すべきはあくまで
P46馬なのだ。
そこで図からじっと
47馬!とするのが好手。そして15玉の逃げにさらに
37馬!と寄る。
これに14玉とかわした次のB'図は、B図に比べて36金が消えた代わりに48馬が37馬に変わった局面。
26金以下、金を失ってでもミニ馬鋸で馬を近づけたわけだが、その目的は勿論……

B'図以下、15歩、13玉、23香成、同玉、32銀生、13玉、
46馬!
遂に
P46馬が実現した。
これが57馬でないのが先のミニ馬鋸の効果だ。
すなわち本作は「馬を引きつけ、さらにミニ馬鋸でそのラインを変更してから捨てる」ことではじめて玉方角の成生を打診できる構成になっているのである。
P46馬が実現してしまえば、後は予習済みの手順。
同角
成には
x 25桂以下駒余りなので、作意は同角
生と取って
y 14飛、22玉、24飛、同角、23歩、13玉、25桂、迄。
予習済みとはいえ美しい収束で、謎解きの後に抜群の解後感を与えてくれる。
打診というテーマは今やそれほど珍しいものではないが、普通その方法は単に73馬を46馬と捨てるような単純な手によるところだ。
しかし本作では後の打診絡みの展開を見越して、予め馬を引きつけさらにミニ馬鋸で近づいておくという伏線的でしかも凝った手順によって打診が表現されており、普通の打診作品とは一線を画している。
しかもこれだけの構成を組んでおきながら、配置にも手順にも無理をしたようなところが殆どない。
まさに波崎氏の面目躍如の傑作だと言えよう。
最後に蛇足ながら、私の当時の短評の全文を載せておく。
当時の私の感動が伝われば幸い。
――初手とりあえず26金。以下32銀生、13玉ではたと手がとまる。成生打診の構想がここで判明。84馬は73馬の誤植だ等と勝手を言っていると…初手48馬を取れないジャン!! これは筋に入った。以下25金、同玉、26馬…あれ? 35馬、同角成で25桂が打てなくなる。小考…。キタ!! 馬鋸で1マスだけ近付くのか!! 解いて感動しました。
謹んで詰将棋作家・波崎黒生氏のご冥福をお祈りいたしします。
*1厳密に定義した場合、この57馬、同角成は打診というより成らせと言うべきだろう。
打診とは本作の46馬のように、
x ? →
生で逃れ/
y ? →
成で逃れ
というのがまずあって、その上で
Pとすることで
P ! →
成/
生 →
xで詰み/
yで詰み
となるような構造を持つ手を指す。
57馬はそれが失敗に終わったことからもわかるように、打診の構造が不十分である。(生→
yで詰みの部分を満たしていない)
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